最高裁判所第一小法廷 昭和30年(オ)800号 判決 1958年3月06日
上告人 高橋昇二
被上告人 吉田ヨキ
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人塚本重頼の上告理由第一点及び第三点について。<省略>
同第四点について。
上告人は原審において、本件建物の贈与は(単純贈与か条件附または負担附贈与かは暫く措き)被上告人との間に離婚問題を生じ、離婚届を被上告人に交付すると同時になされたものであると主張しているのであつて、したがつて、原審が証拠に基き右贈与当時当事者間に不和がこうじ、夫婦関係がすでに破綻に瀕していたと認定してもこれをもつて当事者の申し立てない事実を認定したということはできない。そして右のように夫婦関係が破綻に瀕しているような場合になされた夫婦間の贈与はこれを取り消しえないと解すべきことは、原判決の判示するとおりであるから(昭和一九年一〇月五日大審院判決、民集二三巻五七九頁参照)、原審が適法に確定した事実につき、当事者の主張を待たず民法第七五四条を適用すべからざる旨判示したことも正当というべきである。なお原審は本件贈与の取消は権利の濫用であつて許されない旨判示しているが、右は単に本件につき民法第七五四条を適用すべからざるゆえんを補足的に説明したものにすぎないから、その判示をもつて原判決の前記判断を違法とする根拠となしえない。
同第五点について。<省略>
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 下飯坂潤夫)
上告代理人塚本重頼の上告理由
第一点-第三点 <省略>
第四点 原判決は当事者の主張しなかつた事実を認定した違法がある。
(一) 原判決は左の通り判示する。曰く
「よつて進んで被控訴人主張の(三)の点につき考えてみるに、昭和二十七年七月三日附贈与契約取消の書面が翌四日控訴人に到達したことは控訴人の認めるところであり、当時両人は協議離婚届出前(届出の日が同年八月十一日であることは当事者間に争がないのでその効力が現に争訟中であることは前掲のとおりであつてもこれは考慮に入れる必要はない。)のことであるからたとえ前記の如く本件建物贈与契約が書面によるものであつても、民法第七百五十四条により夫婦間の契約として取消すことができるので右取消は遡及的にその効力を生じ本件贈与契約は消滅したものと云えそうである。然し乍ら民法の右法条は本来原則として夫婦関係が通常の状態にある場合に適用せられるべきものと解すべく、前記認定した如く夫が他の女との関係を絶ち切れずに妻との不和がこうじ、離婚届を妻につきつけて家を出て了つたような夫婦関係がすでに破綻に瀕している場合には真に巳むを得ざる特別の事由でもあれば格別、然らざる限り適用すべきではなく、ことに本件の場合には控訴人としては夫婦関係破綻した後には独立して子供を養育しつつ生計を立てるため、従来の営業を続けて行く上に必要欠くべからざる営業の本拠兼住居である本件建物の贈与を受けたのを、一方的に取消されることは回復し難い損害を蒙ることとなるのは容易に推認し得るところである。然らばかかる取消権の行使はたとえ被控訴人の主張するごとく控訴人が債務を引受けて呉れることを内心的には希望して本件贈与をしたのに、控訴人がこれを引受けて呉れないからということが、動機となつたものとしても、決して正当なる権利の行使ということはできない(右取消権の行使が権利の濫用として許すべからざるものであるという如き主張は、控訴人において口頭弁論で明かにしてはいないけれども右述べた如く右法条を本件の場合に適用すべきかどうかの判断に関することであるから当事者の主張をまたずとも当然考慮に入れねばならぬことを附言する)してみれば本件の場合民法第七百五十四条は適用すべきものではないから、被控訴人の右取消の意思表示は何等の効力を生ぜず、被控訴人としてはその他に控訴人に贈与した本件建物につき所有権移転登記手続きをなすことを拒み得る事由の存することは別に主張し立証しないところである。」と
(二) 右の判示からも明白な通り右取消権の行使が権利の濫用として許されない旨は被上告人の何等主張しなかつたところである。
原判示は民法の右法条を本件の場合に適用すべきかどうかの判断に関することであるから当事者の主張をまたずとも当然考慮に入れねばならぬことであるというのであるが誤つている。
(三) けだし「民法の右法条(第七五四条)を適用すべきかどうか)の問題ではなく民法第一条第三項を適用するか否かの問題である(原判示にも右取消権の行使が「権利の濫用」として許されない云々の語を用いている)民法第一条の適用の有無に当つてはその前提たる事実上の主張はこれを当事者が為すことを要し、又当事者の主張のない限りこれを適用してはならないことは民事訴訟手続の構造から明白な点である、すなわち、当事者から客観的に明らかな権利の濫用に該当する事実或は相手方を害することのみを目的とする権利の行使である事実を主張し始めて同条の適用の有無を判断するのが裁判所の職能である。
(四) 或は原判示は民法第一条によつて権利の濫用は許さぬものとして本件取消権の行使を否認したのではなく、民法第七五四条を適用すべき構成要件事実の面からこれを排斥したものとも窺はれるのであるが、同条の適用は(イ)法律上の夫婦であること、(ロ)取消の意思表示の為されたことを以て足りこの外に夫婦関係が円満に継続中であることを要件とするものではないのみならず、仮りに原判示の説くように「夫婦関係がすでに破綻に瀕している場合」を除外するならば、矢張りその除外例に当る事実の主張が当事者からなされて居なければならないことは同様である。
(五) 原判決は当事者の主張しない事実を認定した違法がある。
第五点 <省略>